GNU/Linuxのパッケージ販売

 8年前、パソコンショップでは定番のCaldera、Red Hat、SUSEだけでなく、新参のCorel、Progeny、StormixといったGNU/Linuxディストリビューションのパッケージ販売(箱売り)が行われていた。現在、パッケージ販売されているのはUbuntuopenSUSEだけだ。両者とも、ほかのディストリビューションでは解決できなかった、安い価格での機能セットの提供、販売チャネルの開拓、適切なマーケティング手法の探索など、さまざまな課題に直面している。しかし、どんなに努力してもわずかな利益しか見込めないことから、おそらくこうした取り組みには収益面以外の理由があると考えられる。

 両ベンダが最初に行ったのは、それまでの小売チャネルでのGNU/Linux販売事例から学ぶことだった。Ubuntuを手がけているCanonicalのプロダクトマネージャGerry Carr氏は、過去のGNU/Linux販売について「かなり非現実的な価格設定だった」と述べる。当時の100ドルまたはそれ以上という販売価格は、Windowsのアップグレード費用とそれほど変わらないものだったのだ。「買い手にしてみれば、価格上のメリットがなければ、真価のほどがわからないものには手を出せない」(Carr氏)。現在、Valusoftが販売しているUbuntuの価格は20ドル足らずだという。しかも、ユーザビリティ重視で最新のディストリビューションであるUbuntuはかつてのGNU/Linuxディストリビューションよりもずっと魅力的だ、とも彼は述べている。

 一方、openSUSEの60ドルという価格は、Ubuntuより高めだが、確固たる支持を得ている製品として許容できる範囲だろう。それでも、openSUSEコミュニティマネージャのJoe Brockmeier氏(元Linux.comエディタ)は「パッケージ販売を成功させるには、ダウンロードでは得られない何かを提供する必要がある」と話す。現在、UbuntuもopenSUSEも、店頭でのパッケージ販売版については操作およびインストールに関する特別サポート(Ubuntuは60日間、openSUSEは90日間)を提供している。また、両者とも同梱するソフトウェアの品揃えを重視している。

販売チャネルの開拓

 GNU/Linuxディストリビューションのベンダは、小売・流通の問題にも直面する。販売業者は素性の知れない相手の製品を扱うのを嫌がるが、彼らを説得して契約を結ばないことには店に製品が並んで世間に認知されることもないのだ。ヨーロッパにおけるopenSUSEの場合、こうした問題は起こっていない。Brockmeier氏によると、ずっと以前からSUSE Linuxがパッケージ販売されてきたヨーロッパではその流れを汲むopenSUSEの認知度が「非常に高い」という。

 しかし、openSUSEもそれ以外の地域では小売販売の問題を克服できていない。「もはや北米の店舗ではパッケージ版を販売していない。Best Buyのような小売店にパッケージを並べるには余分なコストがかかるためだ」(Brockmeier氏)。ただし、こうした地域でもNovellのオンラインストアからパッケージ版を購入することができる。

 また、Brockmeier氏は次のように語る。「実際に化粧箱を製作したり販売チャネルを開拓したりで、事前にかなりの費用がかかる。また、Best Buyのような小売業者は、週末の新聞の折り込み広告に製品を掲載するためにベンダに費用の負担や値引きを求めてくる。そのうえ、返品や在庫のコストなどが上乗せされる。相当な需要がない限りとても儲けは出ない」

 これに対し、Ubuntuはこうした問題の大半をValusoftとの提携によって回避している。Valusoftは卸売流通業者として十分に知名度のある会社だ。「我々の製品をBest Buyの店内に並べられたのはValusoftのおかげだ」とCarr氏は話す。「単独でBest Buyに売り込むことは不可能だっただろう。少なくとも、途方もない労力が必要になったはずだ。何といっても先方はCanonicalのことを知らない。あちこちを回って流通権を取得するだけでも何か月とか何年もかかるだろう。あるいは、それだけ時間をかけてもだめかもしれない。それがこうして販売にこぎ着けられるというのが提携のメリットだ」。ソフトウェアの提供以外でCanonicalが主体的に関与しているのは、Valusoftの手がけたパッケージングと販売計画の承認くらいである。

リテール版ディストリビューションのマーケティング

 小売販売の活動にはマーケティングも含まれる。「おわかりのように、オペレーティングシステムを衝動買いするという状況はあまり考えられない」と Brockmeier氏は意味ありげに言う。「Best Buyかどこかの店舗のソフトウェア売場で見て、OSを替えようと決心する人はそんなにいないだろう。乗り換えたいという気持ちがなければ、別のOSを探そうとはしないものだ。だから、Linuxを店に並べるだけでは十分とはいえない。仮に、主要な媒体でデスクトップLinuxを宣伝して話題にでもなれば、かなりの効果があるだろうが…」。

 この点についてはCarr氏も同じ意見だ。「これは我々にとって大きな課題だ。Linuxをよく知らない一般の人々にどんなふうに呼びかければ、Linuxを使ってもらえるだろうか。おそらく必要なのは、オープンソース支持者に訴えかけるものよりもシンプルなメッセージだろう」。たとえば、カーネルのバージョンやアップデートサイクルに言及するのではなく ― 「そんなものは一般コンシューマにとっては何の意味もない」(Carr氏) ― 安定性やセキュリティなど、利用者にとってのメリットに訴求する必要がある。

 同時にCarr氏は、宣伝広告とパッケージデザインの両面で、製品の差異化を非常に重視している。「Linuxの小売販売には細心の注意を払わなければならない。人々には、購入しようとしているのがWindowsではなく、独自の学習曲線を持つ(つまり、ある程度の慣れが必要な)まったく別のオペレーティングシステムであることをわかってもらえるように、適切な形で販売する必要がある。Valusoftが使用するパッケージの承認にあたって我々が特に注意した点の1つは、平均レベルのコンシューマがそのパッケージを見てソフトウェアの内容がきちんと伝わるか、Windowsのレプリカではないことがはっきりとわかってもらえるか、ということだった」。こうした理由から、ValusoftによるパッケージはUbuntuが「Windowsとは別のオペレーティングシステム」であることがすぐわかるものになっており、CDに付属するほかのプログラムの一部が列挙されている。パッケージを手に取れば、その中身を把握できるわけだ。

小売展開の先行き

 CanonicalもopenSUSEもリテールでの売り上げ数値を公表していない。Brockmeier氏は、openSUSEの小売販売数を「かんばしくはない」と評しながらも「以前のSUSE Linuxは小売販売が非常に強かった」と述べ、openSUSEでもいつか同様の成功が得られることをほのめかしている。

 一方のUbuntuは、ほんの数週間前にBest Buyに並んだばかりで、成功の行方はまだ決していない。しかし、小売店ではGNU/Linuxは売れないという定説に対して、Carr氏はこう述べている。「Valusoftはそうは思っていない。だからこそ、我々はその答えをはっきりさせるべく喜んで手を結んだ。私の知る限り、Valusoftは売り上げと今後の売り上げ予測に満足しているようだ。また、我々が得ている数値を見ても今後に期待が持てることは間違いない。正直なところ、私が思っていた以上の数値になりそうだ」

 Carr氏の発言からすると、Canonicalは(Valusoftは違うかもしれないが)それなりの販売数が出ればよし、と考えているのかもしれない。とはいえ彼は、Ubuntuの小売パッケージ版を採算度外視の宣伝用商品(利益を得る手段ではなく、宣伝効果を得る手段としてその費用はマーケティングコストに計上される)と見なしているのではない。「絶えず我々は、人々にUbuntuを届ける方法の拡大を検討している」と述べたうえで、CDイメージのダウンロードやプレインストール、またはCD配布といった形でUbuntuを入手する人がほとんどだ、と彼は説明する。「(店舗の陳列棚は)我々にとってこれまで未知の領域だった。だから、ダウンロードでUbuntuを入手するユーザとはまったく違ったタイプのユーザを発掘できる。パッケージ販売がUbuntu普及の主要な手段になるとは思わないが、販路としては間違いなく価値がある」

 同様にBrockmeier氏も、パッケージ販売の売り上げはあったほうがよいが、openSUSEのようなコミュニティベースのディストリビューションにとってはそれが唯一の関心ではない、と考えている。「我々の主な関心は、openSUSEで儲けることよりもむしろLinuxを普及させることにある。openSUSEプロジェクトの目標は、場所を問わずLinuxの利用を促進することだ。だから、たとえパッケージ版が売れなくても、openSUSEをダウンロードしてもらえればそれで満足だ」

 「その一方で、パッケージ版の存在は、Linuxを店で見かける多くのユーザの信用を得るうえで確かに意味があると思う。多くの人は「無料」=「価値がない」と考えている。値札に記された金額がその品物の価値だと思っているからだ。不思議なことだが、LinuxディストリビューションをCDやDVDに焼いて配布しても使ってもらえないのに、まったく同じものを箱に詰めて30ドルや60ドルで売ると納得して使ってもらえる場合がある。無料のダウンロード版には見向きもしなかったのに、60ドルのパッケージ版を見て、これだけのソフトが付いてこの値段ならお買い得だ、と思ったりする人がいるのだ」(Brockmeier氏)

Bruce Byfieldは、Linux.comに定期的に寄稿しているコンピュータ分野のジャーナリスト。

Linux.com 原文(2008年9月5日)