エバンジェリストの語るMozillaに秘められたユーザ擁護の“歴史的な好機”

 Linux.comは先日、MozillaエバンジェリストであるChris Blizzard氏にインタビューする機会を得て、Mozillaの過去と現在と未来に関して同氏の抱く考えおよび、FirefoxブラウザとThunderbirdメールクライアントを成功に導いた原動力について話を伺うことができた。

Linux.com:まずはMozillaの誕生とその後の進化につながった起源についてお聞かせください。何が誕生のきっかけとなり、何がその後の成長と発展を進めていったのでしょうか?

Chris Blizzard: 確かに“進化”というのは正鵠を射た表現ですね。Mozillaは誕生してから約10年を迎えていますが、その間に変化と成長をしたのはむしろプロジェクトおよび運営組織の双方であるというのが私の考えです。それは単にテクノロジ的な意味合いだけではなく、自分たちがどのような立場に置かれているのかということと、インターネットのインフラストラクチャに対して我々だけしか成し得ない貢献方法があることに気づいたという意味も含まれています。

Mozilla誕生の背景には、MicrosoftによるWeb市場の独占化を阻止しようとするNetscapeの反動的な意図があったと見て間違いないでしょう。とは言うものの、こうした動きに端を発してその後の10年間にMozillaが達成した発展度合いは、Netscapeが1998年当時に予想していたものを大幅に凌駕したものとなったのではないでしょうか。私たち自身も10年間の発展を通じて何が真に重要であるかが理解できるようになってきたため、その見定める方向も変わってきました。最初は単なる不特定多数の人々が製品開発に利用できるオープンソース系のブラウザ開発プロジェクトであったものが、やがてユーザの権利を擁護するための団体へと進化し、Webを守り育てて行くには革新力が必要であることに気づき、世界を変えられる創造的な活動に直接従事するようになったのです。

私個人の考えとしては、これは1つの歴史的な好機なのだと捉えています。我々は1億人以上のユーザに利用されているグローバルなブランドおよび具体的な製品を擁している訳であり、しかも全世界に広まる数千名規模の貢献者コミュニティによる直接的な協力を得られる非営利目的の団体が、その開発を担っているのですから。そうした背景があってこそ私たちは、優れた製品を生み出すことを目的に夜遅くまで作業にいそしんでいられるのです。

LC:FOSSに対するMozilla独自の理念についてお聞かせください。いわゆる企業文化としてのオープンソース/フリーソフトウェアコミュニティに対する考え方はどのようなものなのでしょう? Mozillaは“オープンソース”企業なのか“フリーソフトウェア”企業なのか、それとも双方の特性を兼ね備えているのでしょうか?

CB:敢えて言うならMozillaの場合は、透明性にまつわる組織の病理を、オープンソースという手法で対処しているというところでしょうか。秘密化は可能な限り避けるというのが、私たちの方針です。情報の公開については、スケジュール、初期デザイン、製品のバグ、リリース時に施したセキュリティ修正などはもとより、今後の市場の動向に対する考えなども含めて、可能な限りオープンにしていくよう努めています。

そうした意味において“オープンソース”企業なのかと問われれば、その答えはYesです。ただしソフトウェアに適用するライセンスは、透明化という概念をより一般化したものとしてありますし、それはMozillaという存在と私たちの活動のごく一部を示すだけのものでしかありません。

LC:Mozillaアプリケーションのフレームワークについてはどうでしょう? これを提供する側のMozillaが得るメリットと、提供される側の開発者たちの得るメリットはどのようなものなのでしょうか?

CB:正式なアプリケーションフレームワークが定まったのは、かなり以前の話となります。それまでは顔の見えない聴衆に対してオープンソース形態のソフトウェアをリリースするだけというプロジェクトであったものが、聴衆となる人物像を把握した上で何を取り込むべきかという困難な判断をするプロジェクトへと、熟慮の末に移行してそれなりの年月を経ていますが、オープンソースプロジェクトとして特に苦しかったのは“何を含めない”ようにするかという決断も迫られるようになったという点です。こうした戦略を具体的な形として実装したのがFirefoxであると見ればいいでしょう。

私たちの身内で続けられてきた議論の1つに、優先すべきは“プラットフォームとしてのMozilla”なのか“製品としてのMozilla”なのかという問題がありました。ここで理解しておくべき重要なポイントは、後者の道を選んだからこそ現在の成功があったということです。

ただしこれは、プラットフォームとしては劣っているという意味ではありません。例えば、AllPeers、Miro(旧Democracyプレーヤ)、Songbird、そして新しく登場したFlickrアップローダなど、関連した製品を開発している企業やグループは多数存在します。しかもこれらは、プラットフォームとしてのMozillaを活用した成果における氷山の一角に過ぎないのですから。

開発者たちにとっての有用性は、今さら語るまでもないでしょう。Webテクノロジをベースに構築されたクロスプラットフォーム対応の優秀なオープンソースフレームワークが利用できるのですから。Webに精通した人間であれば、かなりの高確率でこのフレームワークの恩恵が受けられるはずです。これは開発能力を有す優秀な人材を大規模にプールしておけることを意味します。また複数プラットフォームでの展開が比較的軽微な作業量で達成できますし、Webのポテンシャルを最大限に引き出す方向にも寄与しているはずです。

Firefoxの次回リリースではXULRunnerを基にした開発が行われる予定ですが、これはXULベースランタイムの名称であり、XULベース製品を構築する際にMozillaその他で広範に利用されています。もっともこうした措置により一般ユーザがFirefoxをダウンロードする際にXULRunnerのビルドを取得することになるという訳ではなく、あくまで開発側の作業が簡単化されるだけです。そして同様の製品開発をする人間たちにとっても同じことが当てはまります。

これまでにも多くのLinuxディストリビューションの関係者と話をしてきたのですが、大方のケースにおいて、個別のXULRunnerパッケージを用意してそれを用いたFirefoxのビルドを行う意図があるよう感じられました。このことは最新のLinuxディストリビューションを今後インストールすれば、XULRunnerを用いたビルドができるようになるであろうことを意味します。

そして話をモバイル空間に移すと、そこでは素性の知れた開発フレームワークが用意されていることが重要な意味を持ちます。XULRunnerもそうしたものの1つであり、私たちはこれまでに自社製品へのFirefoxテクノロジ導入に関心を有しているいくつかのモバイル企業と話し合いの場を持ちましたが、そうした企業にとっての重要性は今後ますます大きくなっていくでしょう。これは私の個人的予測ですが、Mozillaから提供されるFirefoxに加えて取り扱いの簡単なプラットフォームとして機能するものが何か新たに登場してくるのではないでしょうか。

LC:オープンソース/フリーソフトウェア企業が直面する最大の試練とは何なのでしょうか? またそれをどのように克服されましたか。

CB:私としては2つの大きな試練があると考えています。その1つ目は、安定した財源を確保することです。この件については、私たちにはFirefoxを軸に据えた財務的なモデルを構築するといった意図が無かったことを理解しておかなくてはなりません。私たちにとっての最優先課題は、あくまで優れた製品を世に出すことでした。実際、そうした方針で活動してきたからこそ、今日認められている検索エンジンの価値が生みだされ、それが現状における私たちの資金源ともなっているのです。もっともオープンソースプロジェクトの多くは、財政的な影響力というものを懐疑的な目で見ているか、財政面での実行可能性を確保していないかのいずれかの状況に陥っています。変革を導く上では収入という側面も重要な要素の1つであり、自分たちの土俵でプロプライエタリ系ベンダ(特にMicrosoftやApple)と対等な勝負をするには不可欠な要件であるという認識が私どものプロジェクトでは確立していると見ていいでしょう。特にここ数年、Webを発展させているのは変革を導ける能力であり、そうしたものが我々の関わるミッション全体にとって重大な貢献をするようになっています。

私の考える2つ目の試練は、透明化の実践にはコストを要するという点です。全世界で活動する何千名もの関係者に連絡を取るという作業だけでも、間接費としてのコストは無視できません。あるいは外部からの意見を遮断して自分たちだけで作業を進めた方が簡単かも知れませんが、それでは根本の方針に反します。我々の製品が信頼されてその活動がユーザに支持されているのには、透明化という方向性が大いに貢献しているというのが私の考えです。実際、それまで一面識もなかった人間がある日突然にコンタクトしてきて、思いつきもしなかった意見を聞かせてくれるという出来事が起こり得るのですから。

透明化における第2の弊害として、意図しない方向にこちらの発言が曲解されるケースが多々生じるということもあります。私たちは毎週のミーティング記録を公開しているのですが、その中にあったコミュニティ貢献者を主として想定したコメントが取り上げられて、それが一般読者の目にするニュースにてセンセーショナルな見出しで飾られるという事態に何度も遭遇しました。こうしたコミュニティで発言をする際には、曲解されないように話の文脈にも気を付けなくてはならないですね。つまり、成功する上での秘訣ではあるが、その扱いには注意しろということです。

LC:Mozillaがオープンソース/フリーソフトウェア企業であることの最大のメリットは何なのでしょうか? それは金銭的なものとして現れているのか、何か目に見えない別の形に現れているのでしょうか? また仮にプロプライエタリ形態ないし商標名ベースでの開発方式を採用していたとしたら、結果的に今より優れた製品となっていた可能性はあるのでしょうか?

CB:私たちがコードその他を透明化していることは、1つのブランドとしての意味合いだけでなく、自分たちはWebにとっての良い貢献をしているのだと胸を張って語れることの基盤ともなっています。仮にプロプライエタリ形態を採用していた場合の成功の可否については何とも言えませんが、その場合Netscapeの凋落時期を生き残るのは難しかったでしょうし、今日のようなグローバルコミュニティは形成できなかったでしょう。

私どもが製品の品質を維持できているのは、ユーザからの意見が反映されることと、問題解決への協力が得られることが直接的に関係しています。ここでも重要な働きをしているのが透明性です。確かにプロプライエタリ形態であっても優れた製品は多数存在しますが、そのいずれも我々ほどの影響力、スケール、スコープは有していません。

LC:完全なるオープンソース化を検討ないし実践している個人や組織に対するアドバイスなどはありますでしょうか?

CB:オープンソース化を検討している組織であれば、オープンソース化を行うことが実際に何を意味するかを理解しておく必要があるでしょう。それには色々と自問してみることです。例えば、自分はどのような財政的な要因を有しているのか? 自分が開発するコードの利用者と交流することは、具体的に何を意味するのか? そうした利用者はオープンソースであるか否かを気にするのか? 自主的に貢献をしたいというユーザとの交流において、どのようなルールを設ければいいのか? 自分たちの開発成果をまったく異なる目的に流用したいと要請された場合はどうするのか? そして自分自身が活動に興味を失った際にはどうするのか?

これらは想定すべき状況の単なるサンプルでしかありませんが、具体的行動に移す前に検討しておくべき事柄であることに間違いありません。ただしこの種の問題は、あまり考えすぎるのも禁物です。実際にコードを構築してから、ユーザがどのような反応をするかを見極めるというのも1つの方法でしょう。実体験として得た経験こそが、最善の教師となるはずです。

Tina Gaspersonは1998年よりフリーランスのライターとして活動中で、主要な業界紙にビジネスおよびテクノロジ関連の記事を執筆している。

Linux.com 原文