Web 2.0ツールを使いこなす――社内導入に乗り遅れるな――CIOに贈る「Web2.0ツール導入ガイド」

 WikiやSNSといったWeb 2.0ツールをうまく活用すれば、企業は大きな競争優位を得られる。しかしながら、CIOは一般に、こうした軽量級のWeb技術が苦手だし、真剣に導入を図ろうとはしないものだ。そこで本稿では、他に先駆けてWeb 2.0ツールの導入に踏み切った米国企業の事例を引きながら、そういったCIOに向けて、Web 2.0ツールを使いこなすための手引きを提示してみたい。

スー・ヒルドレス
フリー・ジャーナリスト

 投資会社マニング&ネピア・アドバイザーズで調査担当副ディレクターを務めるジェフ・ハーマン氏は、去年の夏、突然Web 2.0への投資意欲をかき立てられた。そのきっかけとなったのは、部下だった1人の証券アナリストの退職であった。あろうことか、多くの調査資料が、その男といっしょに消えてしまったのである。

 といっても、行きがけの駄賃に彼がその資料を盗んでいったわけではない。彼が使っていたPCのハードディスクに入っていることは間違いないのだが、どうしても見つけだすことができなくなってしまったのである。

 「彼が退社したあと、後任のアナリストが私のところにやって来て、『調査したい株がある』と言った。私は、『ちょっと待て。それについてはすでに調査済みだ』と答えた。退職した前任者がその株を徹底的に調べて、売買に関する綿密な戦略まで立てていたのだ。だが、どんなに探しても、その資料が出てこない」(ハーマン氏)という状況に陥ったわけだ。

 そこでハーマン氏は、だれもがWebコンテンツの作成に携わることを可能にするコラボレーティブなWikiを導入すれば、こうした問題を回避することができるのではないだろうかと考え、早速それを実行に移した。

 その結果、マニング&ネピアのアナリストたちは現在、ソーシャルテックスのWikiを利用して、調査、解説、会議録などを共有することが可能になった。このWikiは、産業別、テーマ別に体系化されている。コンテンツはWikiに書き込んだり、ペーストあるいはリンクしたりすることが可能である。

 電子メールや電子メール・スレッドも、Wikiへダイレクトに送ることができる。それらの非構造化コンテンツは、キーワードによる検索が可能で、カテゴリー別のタグをつけることもできる。

 「階層型システムではなく、ピア・レビュー・システムであるところが気に入っている。われわれは産業セクター別にチームを組んで仕事をするが、Wikiを導入したことによってコラボレーションが容易になった。また、法的な要請から書類の作成、保管方法を改善する必要もあったが、その点でも満足のいくものになった」とハーマン氏。

 最近、Web 2.0ツールのビジネス的価値を認めるエグゼクティブは増加する一方だ。Wikiやブログ、RSSフィード、ポッドキャスト、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)といった新技術は、すでにコンシューマー市場で普遍的な存在となっており、多くの人が当たり前のようにWeb 2.0ツールをダウンロードし、プロジェクトを実行する際などに利用している。

 コンサルティング会社マッキンゼーが今年初めに実施した調査によると、回答を寄せた2,847人のエグゼクティブのうち約4分の3が、外部の顧客やパートナーとのコミュニケーション、あるいは従業員間のコラボレーションを強化をするために、Web 2.0技術の利用継続、あるいは利用拡大を計画しているという。

 とはいえ、CIOをはじめとするエグゼクティブたちが、Web 2.0ツールの価値を認識するようになったのは、実は、つい最近になってからのことなのである。

 それまでは、「CIOたちの言い分はこうだ。『その技術については理解している。だが、社内でどのように活用すればいいのかがわからない』」(ザップ・シンクのアナリスト、ロン・シュメルザー氏)という状況にあったのだ。

 CIOたちはまた、セキュリティやガバナンス、ITサポート、あるいは既存システムとWeb 2.0アプリケーションの統合化といった問題についても危惧の念を抱いている。それに、一部のマネジャーたちは、Web 2.0が本質的に持っている特性、すなわち分散化と平等主義に関して、非常に神経をとがらしている。

 一方、企業向けWeb 2.0ツールを提供しているベンダーたちは、こうした懸念を払拭するために、いろいろと知恵を絞っている。具体的には、管理機能やセキュリティ機能を追加したり、それらのツールを組み合わせて、1つのプラットフォームとして実装・管理することができるスイート製品として提供したりといったことを行っているのだ。

 以下では、コンテンツ管理から従業員のリクルートまで、幅広い活動にWeb 2.0ツールを利用している企業の事例をいくつか紹介することにしよう。

Web 2.0の導入事例
「情報管理」のために利用

 ホノルルを本拠とするハワイアン航空は最近、空港の顧客サービス・スタッフが長年蓄積してきたコールセンターとWebサイトのコンテンツを体系化し、重複しているデータを削除してデータを一元化しようという試みに着手した。

 同社のCIO、デビッド・オズボーン氏は、「われわれには重複するデータが山ほどあった。空港スタッフは電話予約やWebサイトのスタッフとまったく同じ質問を受け、同じ回答を繰り返していた。なのに、それぞれのグループが独自にコンテンツを作成していたのだ」と、データの一元化に乗り出した背景を説明する。

 ハワイアン航空は、それらすべてのデータを、サービス・スタッフが簡単に参照、検索、更新することのできる単一のリポジトリに統合しようと考えた。そしてそのために、Microsoftの「SharePoint Server 2007」を使って、統合された「顧客サービスFAQ」をWiki上に構築するというソリューションを採用することにしたのである。

 「われわれは、これによって、すべてのデータを一元化することが可能になった」(オズボーン氏)

 情報管理のために用いられるWeb 2.0ツールは、Wikiだけにとどまらない。ディスカバリー・チャンネルのオンライン教育者コミュニティ「エデュケーター・ネットワーク」は、スモールソート・システムズの「Dabble DB」というWebベースのデータベースを利用して、1万1,000件に及ぶ教育関連イベントのリストを管理している。

 Webサイトでは、ディスカバリー・チャンネルのスタッフが情報を収集したり投稿したりするのではなく、エデュケーター・ネットワークの2,500人のボランティア教師「スター・エデュケーター」がそれぞれの地域やオンライン・イベント情報をリモートから更新するという仕組みをとっている。

 このアプローチによって、ディスカバリー・チャンネルはおよそ75人週の労働時間を節約することができたという。エデュケーター・ネットワークのオンライン・コミュニティ・マネジャー、スティーブ・デンボ氏は、「Dabbleのおかげで、われわれはあらゆる種類のリポートを手にすることが可能になった」と、頬をゆるめる。

「ネットワーキング」のために利用

 セールス・トレーニング会社、バショー・ストラテジーズのCEO、ジェフ・ホフマン氏は、昨年11月、人材採用の失敗を危ういところで回避することができた。そのときに役に立ったのが、ネットワーキング・サービスの「LinkedIn」であった。

 そのときホフマン氏は、ビジネス開発部門を任せるミドル・レベルの管理職を採用するために面接を繰り返していたのだが、念のため、LinkedInネットワークにリストされていたメンバーに、最も有望だと思われる女性候補者について照会してみたのである。すると、興味深いフィードバックがいくつか返ってきた。

 「その中の2人は、彼女にあまり良い印象を持っていないようだった。そうして、以前の勤め先で販売部門とうまく仕事ができなかったことや、本人に十分成功したと評価できるような実績がないことなどを指摘してきた。しかし、それよりももっと私の興味を引いたのは、そのうちの1人が彼女の履歴書には書かれていなかった会社の人間だったことだ。人材の採用には大きなリスクが伴うため、こうしたフィードバックが非常に重要だ。間違った人を雇用してしまうと、出費がかさむなどとんでもない損失を被ることになる」(ホフマン氏)

 一方、SNSを利用すれば、従業員間の連携が図れるだけでなく、顧客同士の関係を強化することもできる。例えば、ハワイアン航空では、 SharePoint Serverの「ブログ」「ピープル・サーチ」「MySite」といった機能を利用して、Webベースの従業員向けコミュニティを構築すると同時に、顧客である旅行客向けにも同様のコミュニティを立ち上げる予定である。

 ちなみに、MySite機能を利用すれば、従業員に自分の技能や経験、同僚、参加している団体、関係するプロジェクト、その他の情報を掲示する場所を提供でき、キーワードでそれらのプロファイルを検索することも可能になる。

 「社内的には、それぞれのグループがニュースや写真、コメント、アクティビティ、労働慣行の改善などを掲載できる部門別サイトを構築することを検討している。相互にコンテンツをやり取りすることができるコミュニティ・サイトの集合体というイメージだ」(ハワイアン航空のオズボーン氏)

「プロジェクト管理」および「コラボレーション」のために利用

 Web 2.0ツールは、ここまでに紹介したような使い方以外に、単体のプロジェクト管理システムや、大規模なプロジェクト管理アプリケーションの一部としても使える。

 例えば、衛星システム・メーカーのRTロジックは、イントランド・ソフトウェアが提供しているコンフィギュレーション管理ツール「Code-Beamer」のWiki機能を、製品開発の進捗状況をドキュメント化するために利用している。RTロジックでは現在、117のWikiが展開されており、エンジニアがプロジェクトのコミュニケーション・チャンネルとして活用している。

 RTロジックのコンフィギュレーション・マネジャー、ジェームズ・サリバン氏によると、Wikiはエンジニアが気軽にコメントを書き込むことができるため、プロジェクト・コラボレーションに最適だという。また、なにかミスがあっても、簡単に元のバージョンに戻せるという点も魅力だ。

 「開発の進捗状況に合わせて進化する“生きたドキュメント”だ。フレキシブルで使いやすい。バックアップを取って時系列で見ることもできる」と、サリバン氏はWikiを絶賛する。

「コンテンツ・パブリッシング」のために利用

 ディスカバリー・チャネルのエデュケーター・ネットワークも、教師たちがアイデアを共有するための手段として、Web 2.0ツールを活用している。利用しているのは、Six Apartの「TypePad」(ブログ・サービス)、スティッキパッドの「StikiPad」(Wiki)、アイライクの「GCast」(ポッドキャスト)、シミュラットの「Vyew」(ライブ会議ツール)、Yahoo!の「Flickr」(写真共有アプリケーション)といったツールだ。

 例えば、最近「ディスカバリー・エデュケーター・アブロード」プログラムで南アフリカやニュージーランドを訪問した教師たちは、そのときに撮った写真をFlickrで公開しているという。

 「(上に挙げた)ツールは、すべて教師同士がコミュニケートするためのものだ。こうしたツールがあれば、だれでも簡単に新しい世界にジャンプすることができる」と、エデュケーター・ネットワークのデンボ氏はWeb 2.0ツールを高く評価する。

 一方、バショー・ストラテジーズでは、顧客や見込み客とのコミュニケーションを緊密化するために、彼らを自社のブログ・サイトに誘導している。顧客たちは、バショーのサイトにアクセスして同社のエグゼクティブのコメントを読んだり、それに対するフィードバックを投稿したりするのである。顧客はまた、バショーの販売戦略に関するポッドキャストのRSSフィードを購読したりすることもできる。

 「パーソナル・アプローチに対するクライアントの反応は非常にいいが、ブログやポッドキャストは、今やそのパーソナル・アプローチのために欠かせない手段となっている」と、バショーのホフマン氏もご満悦だ。

本質的な限界

 Web 2.0ツールにはさまざまな利点があるものの、賢明な企業ユーザーであれば、それがフェース・ツー・フェースや電話によるコンタクトを置き換えてしまうものではないことは、先刻ご承知のところだろう。

 例えば、RTロジックでは、エンジニア同士の社内コラボレーションのためにWikiを利用しているが、カスタマー・コミュニケーション用にWeb 2.0を実装するのは、今のところ差し控えている。そのため、顧客が製品開発の進捗状況を知りたいときは、RTロジックの担当エンジニアに直接電話をかけて口頭で尋ねる必要がある。

 サリバン氏によると、同社でも顧客向けにブログを実装することを検討したことがあるという。そのときのアイデアの1つは、エンジニアが製品開発に関する最新情報を投稿するようにしておき、顧客が個々のプロジェクトのブログにログインしていつでも最新情報を確認できるようにするというものだった。こうしておけば、顧客はエンジニアと直接電話でやり取りする必要がなくなるはずだ。

 もう1つのアイデアは、顧客がオンラインで製品機能に対する要求を変更できるようにしたり、要求や質問をRTロジックのエンジニアが応答するWikiに直接投稿できるようにしたりしようというものだった。

 いずれのアイデアも魅力的だったが、RTロジックのマネジャーたちは、最終的に、そうしたアイデアを受け入れなかった。Web 2.0ツールが、逆に顧客との良好なコミュニケーションを阻害しかねないと判断したからだ。

 「エンジニアと顧客の間にすきまができてしまうのではないかという心配があった。われわれにとって、顧客との直接コミュニケーションによるフィードバックは重要だ。彼らと直接話し合うことで、問題の本質が見えてくるからだ」と、サリバン氏はカスタマー・コミュニケーションにWeb 2.0を実装することに反対した真意を説明する。

セキュリティに関する懸念

 Web 2.0ツールを企業に導入するに際しては、もう1つ心配されることがある。それは、利用状況の制御ができなくなったWikiやブログに不適切なコンテンツが流入してしまうおそれがあるということだ。「あらゆることに対して自由を許すわけではない。そこには自ずと責任も生じる」という表現でそれへの懸念を表明するのは、ハワイアン航空のオズボーン氏だ。

 同航空では、そうしたことを防ぐために、Wikiの作成に認証プロセスを実装するほか、SharePointにコンテンツの投稿を制御できるセキュリティ機能を追加していく考えだ。

 もっとも、制御可能なWeb 2.0環境をセットアップすることはそれほど難しくない、という意見を持つ専門家も少なくない。その1人であるAMRリサーチのアナリスト、ジム・マーフィー氏は、「アクセスする人が増えれば問題も多くなると思われがちだが、Wikiは管理可能であり、特定の場所から監視することもできる」と指摘する。

 実際、企業向けの製品のほとんどが、さまざまなユーザーを対象にロール・ベースのアクセス権を設定することができる機能を搭載している。もっとも、セキュリティが行き過ぎると、Web 2.0の良さを打ち消してしまうことにもなりかねない。

 「オープンでコラボレーティブなコミュニティを目指しているのに、厳重にロックしてしまったら、おそらくだれも寄りつかなくなるだろう」と、マーフィー氏もそれを懸念する。

 もう1つの問題は、Web 2.0アプリケーションの多くがホステッド・サービスであるということだ。エグゼクティブたちは、自社の重要なコンテンツを含むブログやWiki、あるいはポッドキャストを他社のサーバ上に置くことに対して、当然ナーバスになる。

 もちろん、ホステッド・サービス・プロバイダーたちは、さまざまなセキュリティ機能を用意してはいる。例えば、SSL暗号化、パスワード、ファイアウォール、バックアップとアーカイブなどだ。それでも心配なら、専用のソフトウェアを別途購入することもできる。

 マニング&ネピアが、まさにそのケースだった。同社では、経営陣がセキュリティに対する懸念を示したことから、専用のソフトウェアを導入することにしたのである。

 「われわれは(ソーシャルテキストの製品を使って)インターネット・ゲートウェイを構築しつつあったが、上層部の判断で、すべてをファイアウォールの内側に置くことになったのだ」(同社のハーマン氏)

ビッグボーイたちの登場

 つい最近まで、Web 2.0市場は比較的小さなベンダーたちによって占拠されていた。だが、ここにきてメジャー・プレーヤーたちも自社製品にWeb 2.0機能を積極的に盛り込みつつある。Microsoftの「SharePoint Server 2007」はWikiとブログのテンプレートを搭載している。

 また、Intelは昨年11月、「SuiteTwo Web 2.0」を発売したが、このパッケージには、Six Apartのブログ・ソフトウェア「Movable Type」、ソーシャルテキストのWiki、ニューズゲーターとシンプルフィードのRSS配信ツールが含まれており、SpikeSourceによってそれらが統合化されている。

 Web 2.0がビジネス・アプリケーションとして認知されたことで、企業でのWeb 2.0ツール導入熱はますます高まりつつある。そうした企業の中でも特に大企業は、Web 2.0製品を既存ベンダーから購入したがることが、Forrester Researchの最近の調査で明らかになった。

 調査対象となったCIO(119人)のうち、71%が大手ベンダーから製品を購入したいと答え、74%がWeb 2.0技術を統合スイートとして購入したいと希望しているのである。

 言いかえれば、企業はWeb 2.0ツールのコレクションを求めているのではなく、“エンタープライズ2.0”のプラットフォームを求めているということだ。それというのも、既存のビジネス・システムとの完全な互換性、統合化を望んでいるからにほかならない。

 Forresterのアナリスト、ロブ・コプロウィッツ氏は、「(エンタープライズ・プラットフォームの)ベンダーをすでに選定しているのであれば、セキュリティも、ディレクトリ・サービスも、オペレーティング・システムも決定していることだろう。一般的に考えて、あらゆる環境がすでに決定されているはずだ」と、企業の間で、統合化に向けた基盤が整ってきていることを強調する。

 また、サポートや保守も、シングル・ベンダー指向を促す動機となる。「統合化が図られており、単一の環境で動くものであれば、管理も容易だ」(オズボーン氏)からである。

 いずれにしても、企業にとってWeb 2.0は今まさに、導入を検討すべき時期に来ている。「このタイプの技術に関しても、いまではきわめて簡単に試験運用ができるようになった。自社にとって利用価値の低いツールを従業員が勝手に選択してしまったりすることのないよう、IT部門は早急に試験運用に取り組むべきだ」と、マーフィー氏は声高に主張する。

 その場合、CIOがとるべき最良のアプローチは、まず各部門の責任者にどのようなWeb 2.0機能が必要かを尋ね、購入すべき製品を特定するための共通項を見つけ出すことだ。従業員が勝手に判断を下す前に先手を打たなければならない!

(Computerworld.jp)

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