OLS 3日目:シンクライアントとOLPC

 OLS(Ottawa Linux Symposium)3日目にはJon ‘maddog’ Hall氏の講演があった。Hall氏は、今現在よりもさらに10億人の人々をインターネットにつなげるための低価格で環境に優しい方法としてLTSP(Linux Terminal Server Project)を第三世界に広めるという同氏の夢について語った。またその他にも、OLPC(One Laptop Per Child)プロジェクトの近況報告を含むいくつかの講演が行なわれた。

 「シンクライアントの大きな成果――実現までの道程」と題されたHall氏による午後のセッションは非常に盛況だった。Hall氏はまず始めに、商標に関する免責事項を述べた。いくつかの商標に関する注意事項とともに、とりわけLinuxはLinus Torvalds氏の登録商標であるということを聴衆に伝えるようにとHall氏自身の弁護士から言われているのだそうだ。

 Hall氏は、まだコンピュータが巨大で高価なメインフレームだった時代の1969年からコンピュータに関わっている。Hall氏によると、真夜中に作業することがプログラマの習性となったはこの頃だという。その理由は学生たちがメインフレームを使用することができたのが、教授たちが使用していなかった時間帯である深夜だけだったからだと(真偽のほどはともかく)やや冗談っぽく話した。

 その後やがてミニコンピュータとタイムシェアリングが登場し、コンピュータにはオペレータがついていて、端末ユーザは、定期的にバックアップを取ったりする作業やミスをしたときに復旧させたりする作業に関して、オペレータたちに頼っていたという。タイムシェアリングコンピュータでは、多過ぎる人数のユーザが使用していることもあった。そしてそのことは、5文字続けて入力したときに数秒たってからその5文字全部が一度に返ってくるという現象からうかがい知ることができたという。

 そして最後にパーソナルコンピュータが登場し、それ以前のコンピュータとは異なり、ほとんどの時間アイドルして、大量の電力を消費し、騒音を出すようになったという。ちなみにフランスでは、騒音基準を越えないよう測定器を持ってオフィスの騒音を監視する騒音レベル担当者までいるのだという。さらにPCは場所を大きく取るため机の上には他の作業を行なうための場所がなくなってしまう。また1台ごとにメモリやディスクが必要となるという点で非常に効率が悪い。またPCはすぐに時代遅れになってしまう。Hall氏は、他にも言いたいことはあるが、この講演ではPCではなくシンクライアントについて話したいと述べた。

 しかし、Hall氏はさらにいくつかPCを非難することを続け、講演の核心部分に到達するまでに時間がかかった。例えば、ある公務員が麻薬密売人のボーイフレンドのそばで仕事の続きをするために機密データをUSBメモリに入れて自宅に持ち帰っていたことが発覚したという例を挙げて、デスクトップPCのセキュリティは非常にお粗末だと述べた。またデスクトップのセキュリティにとっては、清掃スタッフさえも脅威となることもあるとした。

 Hall氏は同氏の両親の写真を示して、「本当の問題は何なのだろうか?」と聴衆に問いかけた。飛行機の整備工だったHall氏の父親は、自分の車のエンジンをバラバラにして再び組み立て直すということを何度もやっていたという。しかも、なくなったり組み立て後に余ったりする部品はなく、説明書の類いもまったく見ずにやっていたのだそうだ。Hall氏は、父親や母親というものは、(そんなHall氏自身の父親でさえ)コンピュータにはとにかく動いて欲しいと思うものであり、カーネルのコンパイルに時間をかけるようなことは好まないのだと述べた。

 「父親や母親にも使うことができ、とにかく動く」という複雑な電気機器は実際に存在する。Hall氏によると、それは電話だ。電話のネットワークは決して取るに足らないものではなく、高い技能を持つ人々による保守の必要性もあるにも関わらず、エンドユーザはそのようなことは何も気にする必要がないのだという。

 Hall氏によると、フリーソフトウェアを搭載したLTSP(Linux Terminal Server Project)シンクライアントは、小さく、軽量で、安価で、省電力であり、同等の能力を持つPCよりも使いやすいという。一方LTSPサーバは大量に電力を消費するが、それらはユーザの作業や管理者の保守を一手に引き受ける場所となっている。Hall氏によるとLTSPは世界中で大当たりしているという。LTSPを使用すれば、486マシンのような旧式のシステムを端末として再使用することができるとのことだ。その例として、寄付された多くの旧式のコンピュータと、LTSPを搭載した、やはり寄付されたサーバ1台とを使用してまったく予算をかけずにしっかりと役に立つコンピュータシステムを構築した学校が紹介された。

 LTSPの端末はローカルのストレージを持たず、夜間は電源をオフにすることが簡単にできると指摘した。またソフトウェアの海賊行為を引き起こしにくいとした。Hall氏は講演をやや脱線させて、同氏がソフトウェアの海賊行為を良くないと考えていることについて話し、ソフトウェアの作者には自ら作成したソフトウェアがどのような形で使われることを希望しているのかを主張するあらゆる権利があると述べた。そしてその一方で、ユーザにはそのようなソフトウェアを使うか使わないかを選ぶ自由があるとした。

 海賊行為に関してHall氏はさらに、ブラジルで非常に安価なLinuxコンピュータが大量に提供された試みについての話をした。その試みが行なわれた後しばらくすると、安価なコンピュータを購入した人のうちの約75%がLinuxを別のオペレーティングシステムの違法コピーに入れ替えているとして、ある有名なソフトウェア企業がブラジル大統領に対して苦情を申し立てたのだという。その際ブラジル政府からどうすれば良いかを尋ねられたHall氏は、ブラジル全体の違法コピー率である84%と比較すると少ないのだから、それはむしろ前進であると答えたとのことだ。

 なおHall氏によると米国の違法コピー率は34%、ベトナムは96%と見積もられているという。そして、ベトナムの人々の収入が日に2ドルか3ドル程度であるというのに、ぴかぴかの新品だからと言って、裏通りに行けばたったの2ドルで買えることが分かっているCDに対して300ドルも支払って購入することを彼らに期待するべきではないと指摘した。

 第三世界の人々もインターネットにつながる必要があるが、彼らにとってはプロプライエタリなソフトウェアは高価すぎる。しかしLTSPを利用すればそれが可能になるのだという。

 Hall氏は、最近、地球温暖化が大きく深刻な問題になりつつあるが、そこへさらに10億人の人々がオンラインになるためにそれぞれ400ワットから500ワットの電力を消費するデスクトップを使用することを想像してみて欲しいと呼び掛けた。コンピュータが消費する電力のほとんどは熱に転換されるため、その分の熱のための空調のコストがかさみ、貧困地域にとってはさらなる負担が強いられることになるという。

 また環境問題に関連してHall氏は、ニューハンプシャー州の同氏が住む町では、昔はごみの埋め立て地まで車で「下りていった」のに、後にごみの埋め立て地まで車で「上っていく」ようになり、その後その埋め立て地は、満杯になり過ぎて、埋め立て地から流出する水が町の飲み水に影響を与えるようになってしまったため閉鎖されたという話をした。そして、シンクライアントはモニタの後ろに入ってしまうほど非常に小さいことを指摘した。さらにシンクライアントには機械的に動くパーツがないため、騒音もなく、寿命もかなり長いという。そのためごみの埋め立て地を短期間で埋め尽くさずに済むとのことだ。

 またHall氏は、LTSPは新しいオープンなビジネスモデルを生み出すのにも使えるので、人々にはLTSPを使って起業してもらいたいと述べた。そして、LTSPサービスを提供できるように人々を教育して欲しいと続けた。そしてそれに似た話として、大企業がインターネットを発見する前の初期のISPの思い出話を始めた。以前はその地方のISPが小規模で地元に密着したビジネスを行なっていて、顧客はISPのオペレータと実際に意味のある形でやり取りすることができたのだが、やがてそのようなISPがより大きな企業に買収され、ちょうど大規模なソフトウェア企業と同じような形でサービスのレベルを低下させてしまったのだという。しかしLTSPベースのネットカフェは、以前のようなモデルでも成り立つはずだとした。

 例えば、南アメリカでは80%の人々が都市環境で暮らしているという。しかし通常の基本的なサービスは、利用可能であったとしても非常に高価だとのことだ。一方で、月に1,000ドルを得ることができれば一般的に非常に高収入だとみなされるという。したがってLTSP企業家が100人の顧客を獲得することができれば、その程度の収入を確保することが可能であり、電話やインターネットラジオなどのサービスを提供することが実現できるという。

 Hall氏はまた、同氏の目標はブラジルで1億5000万台のシンクライアントを実現することだと述べた。そのためには100万台から200万台のサーバが必要となり、その結果ブラジルに約200万件の新たなハイテク雇用を生み出すことになるという。またそれが実現すれば、地元のサポート事業のための基盤が生まれることになるため、私的な資金で事業として行なうことも現実的だとした。そして、有益なハイテク関連の職や、起業家によるオンサイトサポートも生まれるだろうとのことだ。

携帯電話上のLinux

 OLS 3日目の次のセッションは、Motorola社モバイルデバイス部門/CE Linux ForumのScott E. Preece氏による「Linux携帯電話BoF」だった。Preece氏はまず自己紹介とテーマの紹介から始め、Linux搭載ハンドヘルドは2012年には約2億400万台が販売される見込みだと述べた。なおMotorolaは、同社のハンドヘルド製品のほとんどにLinuxを搭載する予定だという。

 Linuxは実験するのに優れたプラットフォームであり、またそのような理由から優秀な人材が集まってくるとのことだ。現在、多くの人々がLinuxを学びたいと考えていて、その数はSymbianやWindows向けの開発を学ぶことに興味のある人の人数よりも多いのだという。Preece氏によるとLinuxは、大規模なシステムのための能力を保持しながらも小規模なシステム用に調整することが可能(適宜必要に応じて変更することができる)になっていて、堅実な技術とのことだ。

 最近、Linuxをハンドヘルドに採用する企業が団結して提携関係を築くためのイニシアティブを数多く設立しているという。Preece氏は主要な4つのイニシアティブとしてLinux FoundationConsumer Electronic Linux ForumLinux Phone Standards ForumLinux in Mobile Foundationを挙げた。

 またLinuxハンドヘルドに取り組んでいるオープンソースプロジェクトも挙げ、携帯電話についてのコミュニティとしての取り組みがあるGNOMEプロジェクトや、(チップにハードコードされるGSMスタック以外については)完全にフリーな携帯電話用スタックの作成を目指しているOpenMokoプロジェクトなどを紹介した。なおOpenMokoプロジェクトは、会社組織に基づく、コミュニティスタイルのコード中心のプロジェクトとのことだ。

 Preece氏は様々なLinuxハンドヘルドのための組織をかなり詳しく説明したが、その後同氏の雇用主であるMotorolaがGPL違反をしているらしいということから セション部屋にはピリピリとした空気が流れ始めた。セッションに参加していた何人かの聴衆によると、MotorolaはLinuxベースのハンドヘルドをすでにリリースしているにも関わらずそのデバイスのソースコードを公開していないので、GPL違反に該当するという。

 Access LinuxのDavid Schlesinger氏は興奮気味に、同氏の会社では、デバイス自体のリリースよりも遅くなることなく、すべてのコードを公開するようにしていると述べた。

 Preece氏は、MotorolaがGPLについての苦情を真摯に受け止めるよう再確認して、問題に取り組むことを約束した。

One Laptop Per Child

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Andrew Clunis氏

 3日目の最後に私が出席したセッションは、OLPC(One Laptop Per Child)プロジェクトについてのBoFで、OLPCのボランティアであるAndrew Clunis氏が司会を務めていた。

 Clunis氏は、OLPC創設者のNicholas Negroponte氏による「OPLCはラップトッププロジェクトではなく教育プロジェクトだ」という言葉を引用してセッションを開始した。そして、健全な社会を育てるためには質の高い教育が重要であり、世界中のすべての子供達に低価格のラップトップコンピュータを与えることは、そのための優れた方法の一つだと続けた。

 子供は、自分でやってみることから学ぶ。子供は5才頃までは、自分が知りたいと興味を持ったことのみを学ぶが、その後、幼稚園以降は「授業/宿題」の繰り返しという近代的な学習方法が始まるのだという。しかしOLPCプロジェクトは、子供が自分でやってみたり他の子供と協働作業したりすることを通して学ぶことの手助けをするとのことだ。

 OLPCでは、協働作業が最も重要だという。Clunis氏は、ネットワーク接続ができなくなれば、OLPCのノートPCはただの生暖かいブロックになってしまうと表現した。OLPCのノートPCでは、協働作業ということを非常に重視したヒューマン・インターフェースになっていて、ヒューマン・インターフェースの中にネットワークが統合されている。

 OLPCのノートPCはファームウェアスタックからアプリケーションまで、すべてがフリーソフトウェアで実現されている。Clunis氏の説明によると、その理由は柔軟性が要求されるためだという。また、OLPCは西洋諸国の消費者向けノートPCには関心がないとのことだ。

 OLPCのノートPCは、できるだけ設備には依存しないようになっている。OLPCのノートPCでは、ネットワーク接続に802.11s(ESSメッシュネットワーク)が使用されている。メッシュネットワークでは、直接的には圏外であるアクセスポイントであっても到達することができるように、各ノートPCが他のノートPCのためのデータをリレーすることができる。なおアクセスポイント自体については、ほとんどが衛星経由でインターネットに接続されることになる可能性が高いとのことだ。

 OLPCのノートPCの充電機構には、電力を生成できるものであればほぼ何でも使用することができるが、プロトタイプで使用されていた取っ手型の発電器は、引っ張ることのできる紐型の発電器に取り替えられたとのことだ。Clunis氏によるとその方が、比較的弱い手首の筋肉ではなく強力な上腕の筋肉を使うことができるからだという。電力はこのような方法でまかなわれるため、電源管理は非常に重要だ。Clunis氏はOLPCのノートPCの電力消費は最近の典型的なノートPCが消費する20ワットから30ワットよりも「一桁少ない」と述べた。

 OLPCのノートPCには、466MHz AMD Geode LX-700プロセッサ、256MBのRAM、1GBのフラッシュメモリドライブ(ただしjffs2を使用して圧縮されるので2GB分程度の容量が使用可能)、独自仕様のLCD、高速なNANDアクセス用の「CaFE」ASIC、カメラ、SDメモリカードスロットが搭載されている。ノートPC本体には、いくつかのUSBポートやプラグ差し込み口があるが、機械的に動作する部分はない。ただし、可動部分はあり、はね上げ式のワイヤレスアンテナと、底を中心に回転するモニタが付いている。

 セッションの間、聴衆にはOLPCのノートPCが回覧されたのだが、大きめのお皿ほどのこの小さなマシンに魅了されてしまった人のところで長い間止まってしまうことが頻繁にあった。

 聴衆の一人が、この秋にOLPCのノートPCの最初の出荷が行なわれることに触れた。その際には120万台のOLPCのノートPCがリビアに向けて出荷される予定だという。

 Clunis氏によると、ノートPCの枠は、やみ市場や盗難の追跡をしやすくするために色分けされているという。またノートPC自体も比較的盗難の対象になりにくいように設計されていて、各ノートPCの親アクセスポイントの圏外では役に立たず、またマシンを使用するために何らかの形のキーが必要となっているとのことだ。

 セッションでは、OLPCのノートPCが配られるような地域におけるOLPCのノートPCの価値について、冷ややかな見方もかなり多くあった。そのような地域の子供たちは食べるものにも困っているので、子供たちの親がOLPCのノートPCを売ることで得られるお金で買える少しばかりの食糧でも、その方がOLPCのノートPCが与える教育よりも価値があって本当にありがたいと思うのではないだろうかというものだ。

 また同様に、犯罪率が高すぎて物を所有することが困難であるような最貧困国の国々の多くの地域において、子供たちがOPLCのノートPCを盗まれることなく持ち続けることは難しそうだと感じる人もいた。Clunis氏は、このような懸念に対する明確な答えは持ち合わせていなかった。

 OLSの3日目は、会場の2階と3階の間の階段を私のノートPCが転げ落ちるというハプニングで幕を閉じた。8年もののDellは、PCとして使うことはもう無理のようで、大きな壊れた紙ばさみとしてしか使い道がなさそうだ。明日OLS 4日目は最終日だ。カーネルのSCSIメンテナであるJames Bottomley氏の講演でコンファレンスが締めくくられる予定だ。

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