2006 Italian Linux Day:イタリア全土で大盛況のうちに開催

10月28日に開催された2006年度Italian Linux Dayは、イタリア全土の100以上の都市で分散開催されるという、同会6年の歴史の中で初の試みであった。このイベントにはイタリアのマスコミも注目し、大手テレビ局の1つTG1はゴールデンタイムのニュース番組で約2分間を割いて同イベントの報道に当てたくらいである(「よくある的はずれな内容じゃありませんでした」とLUGメンバの1人は評している)。

ローマ分会が開催されたのはラ・サピエンツァ大学の数学科の敷地であり、運営は主として同大学のLUGがその任にあたった。ここでは定例の参加者向けインストール大会が開かれた他、FOSS系プログラミングの関連書籍の販売、ローカルワイヤレスLANを利用したディストリビューションその他各種ソフトウェアのダウンロードサービスが行われていた。私が以前にレポートした2005年大会との最大の違いは、父親とその子供という組み合わせの参加者が目に付いたことだ(この件については後でまた触れる)。

ローマ分会で行われた講演を内容別に分類すると、そのほとんどは、FOSSの理念、行政機関での利用、セキュリティ、プログラミング、ネットワーキング、パーソナルユースとハッキングという6つのカテゴリに分けられる。私個人としては最初のカテゴリに関係しており、「フリーソフトウェアの支援手段に伴うリスクと限界」というテーマで講演をしたが、その内容は基本的に「うんざりさせられるほど聞かされたソフトウェアハッカーによる7つの発言」および「私たちのためのフリーソフトウェア宣言」という個人的な見解をまとめたものである。

その後、公務員が行政機関での一般入札にFOSSを参入させたい場合の心得という、興味をそそられるセッションがあったので顔を出してみた。その要旨は「自分の所属する省庁や機関でFOSSを採用してもらいたければ、FOSSという言葉の使用は控えるか、あるいは一切使用してはいけない。その代わり、事実のみを使って説明するべきだ」というものであった。National Center for ICT in Public AdministrationのV. Pagani氏の説明によると、一般入札の公示から最終的な導入までは数年を要するのが常だそうだ。つまり、最初の段階で何か特定の製品やテクノロジについて言及してしまうと、配備される前で既に時代遅れになっている可能性が生じてくる。そうした事態を避けるため、また1つの公明正大な要請として、一般入札の書面に用いる文言としては「求められるサービスないし機能は、オープン標準とモジュール式アーキテクチャをベースとし、単一ベンダに依存しないものを必要とする」といった表現を使うべきである、というのだ。

こうしたアプローチの有効性は、C. Panichi氏およびE. Somma氏の行った、イタリア銀行(Bank of Italy)で現在および将来的に使用されるFOSSの状況説明からも裏付けられる。両氏が強調していたのは、この種の組織においてライセンスコストは必ずしも大きな要件とは見なされず、むしろ迅速かつ動的な配備が行えるかが重要視される、という点であった。実際の問題は、アーキテクチャに関する安定性とサービスに関するカスタマイズ性を両立したシステムを整備することであり、「税金やらソフトウェアライセンスやら」に同額の資金を投入するくらいなら、より高額な予算を組んででもそうした要件を優先するべき、ということになるそうだ。

いずれにせよ、イタリア銀行におけるFOSSの利用状況はまずは良好のようである。同銀行は毎年、イタリア経済の現状を各種の研究レポートや白書の形にまとめて報告している。こうした調査データは複雑な計量経済学的な分析によって得られているが、その多くはR, Octave氏がPerlやPythonを用いて構築したプログラムによって処理されているとのことだ。また話をLinux単体に絞ると、来2007年度において同銀行全体で運用されるサーバ用OSの首位に立つのはLinuxになる見込みだと報告されていた。また公債の状況をリアルタイムでモニタリングする新規システムは、40基のx86 DebianおよびRed Hatシステムと1基のメインフレームをクラスタ化して運用される予定とのことだ。これは支局レベルで試験採用された過去10年間におよぶLinuxの運用実績があればこその成果である。

その後は、ハードコアなハッカーたちによる様々な講演が行われた。内容は仮想化技術を始めとして、ソケットミグレーションメッセージパッシングインタフェース、QtおよびPython 2.5によるプログラミングと、多岐に及んでいる。その他の興味深いトピックとしては、「自家製の太陽発電駆動による携帯電話接続式モニタリングサーバ」の解説および、「JMEやMaemoを用いたモバイルデバイスでのLinuxの使用と開発」の概要といったものが存在した。

国家的行事としての1形態

ある意味、今回のLinux Day 2006におけるオリジナルの構想を最も正しく反映していたのは、いくつかの地方都市で開催されたイベントだと言えるだろう。内容的には、パドバで開催された「Debian Medを用いた医学分野でのLinuxの活用」というように非常に専門的なものがあるかと思えば、アレッサンドリアで開催された「Freebox」のように、jukebox PCを用いて著作権フリーの音楽をプレイリストにまとめてその場でCDに焼き込むという催しもある。ミラノで上映された『Elephants Dream』というアニメーション映画は、フリーのソフトウェアとコンテンツのみを使って作成された最初の作品だが、その作成過程ではBlenderの真価が発揮されたとのことだ。パレルモで行われたCompiz/Xgl/AIGLXのデモンストレーションには高校生の一群がアシスタントとして参加しており、深い感銘を受けた彼らは、演者たちに盛大な拍手で挨拶をすると、他の催しに参加するため午後には会場を後にしていた。

いくつかの催し物に関しては、開催地域こそ異なるがテーマ的には重複していたものが存在する。該当するテーマで主だったものは、トラステッドコンピューティング、プライバシ問題、ストリーミングテクノロジなどだ。これらのイベントについては、多くのLUGがビデオストリーミングをリアルタイムで流していた。その他に興味を引かれたのは『Revolution OS』という映画で、この作品に関しては複数の場所で上映と討論が行われていた。

これは以前にNewsForgeで掲載された私の記事「FOSSコミュニティと身体障害者ユーザとの相互理解の必要性」で指摘しておいたことにも関係するが、ローマその他の都市で開催された今回のイベントで、身体障害者ユーザに関する議論が取り上げられ始めたのは喜ばしい限りである。特にここローマではS. Onofri氏が『Web Content Accessibility Guidelines』(Webコンテンツにおけるアクセシビリティガイドライン)を紹介し、その冒頭で次の2点を指摘していた。その1つ目はイタリア憲法第3条がすべての国民は法の下に平等であるとしているなら、それはWebサイトについても該当するはずだということ。2つ目は、Webサイトがアクセシビリティにも配慮することは、単に身体障害者だけに止まらず、すべての国民にもメリットをもたらすことであり、その理由としては、インデックス化が容易になること、低機能なデバイスでも表示できること、そして何より徹夜のハッキング作業で疲れた頭にも優しいこと(!)を挙げていた。

FOSSにまつわる食文化とエンターテインメント文化

今回のイベントでは、FOSSにまつわる食文化とエンターテインメントの分野に関する催しにも遭遇したので、それらに触れない訳にもいかないだろう。まずはバレーゼにて、Quake IIIをベースとしたGPLゲームのTremulousを楽しむためのLANパーティが組まれていたことを報告しておこう。そしてフィレンツェおよびラベンナでは、FOSSにまつわるイタリアン高級料理としてrisotto alla zucca e ramerinux(カボチャのリゾットLinux風)およびTortux (ペンギンのTux君ケーキ)が振る舞われていた。

歴史的に見ると“ハッカー”という言葉の起源は、MITの鉄道模型クラブにまで遡ることができる。そうした史実に敬意を表してか、あるいはRuby on Railsに対するジョークのつもりか、プラトでは「Linuxを用いた鉄道模型制御」が披露され、参加者全員で楽しんでいた。カサレッチオ・ディ・リノのスタッフは招待した学生たちに向かって豪奢なピンクのペンギンを投げ渡していたが、そのときの歓喜に満ちた大騒ぎぶりは、結婚式のブーケ投げの比ではなかった。なおユーモア関連でついでに述べておくと、今年の開催日として10月28日が選ばれた公式的な理由の1つとして、Bill Gates氏の誕生日と重なることが挙げられている。

この種のイベントに学生が参加するのは、喜ばしい限りである。ただし今年のLinux Dayは、新学期の始業から間もない時期に開催されたことが本来ならば参加したであろう学生の来場を妨げていたようなので、来年はそうした点にも配慮してもらいたいものだ。それ以外にも、来るLinux Day 2007およびその他のFOSS関連イベントで取り入れてもらいたい意見があるので、ここで進言しておこう。1つは身体に障害を持つユーザに対するフリーソフトウェアの試用の呼びかけだ。もう1つは、子供を持つ参加者に対しては、例外なく子供たちを同伴させることを規則化することだ。そして主催者は“ファミリーコース”なり“子供の広場”的なものを用意して、子供たちの一時預かり施設として、遊びながら教育用フリーソフトウェアに触れられる場所を設けておけばいい。若いうちから経験すれば、それだけ学習速度(と学習レベル)の向上が期待できるという寸法だ!

Marco Fiorettiは、近日刊行される『Family Guide to Digital Freedom』の著者であり、NewsForgeを始めとする各種のIT関連マガジンに寄稿している。

NewsForge.com 原文