ウェブ開発ブームの終焉

読者の皆さんもご存じの通り、アメリカにおける昨年の金融危機に端を発して、世界は空前の大不況に突入しつつある。今後もそれなりに成長が見込めるということもあってか、IT産業の求人・雇用状況は製造業などの他業種と比べれば状況はややマシのようだが、それでも予断を許さないのは確かだ。首筋が寒くなってきた方もおられるだろう。

ITスキルの需要変化

ところで、調査会社Foote Partners LLCが最近出した発表によると、市場におけるITスキルへの需要に興味深いトレンドの変化が見られるらしい。というのは、プロジェクトマネジメントやITアーキテクチャといった分野のITスキルへの需要が増加傾向あるいは堅調なのに対し、ウェブ開発に関連したスキルへの需要はここ2年で減少傾向にあるらしいのである(Internet Evolutionの記事)。といっても、アンケート調査の対象はアメリカとカナダの1960社に勤めるIT専門家84000人とのことなので、基本的には相変わらず売り手市場(のように見える)である現在の日本の状況とはだいぶ違うかもしれないが、いずれにせよこのことは様々な解釈が出来るように思う。

まず、そもそもウェブ開発の技能がコモディティ化して、極端な言い方をすれば誰でも出来ることになったために、独立した需要としては存在しなくなったという可能性がある。日本でもPHPなりAjaxなりでちょっとしたウェブアプリケーションなら作れますという程度の人はそろそろ当たり前の存在になってきて、しかもこのところ斯界で目覚ましいイノベーションというようなものもあまりなく、ある種飽和状況になりつつあるような感覚がある。技術としても定石のようなものが確立されてきたし、入門書やセミナーの類も多くなって敷居がだいぶ低くなった。そもそも、ウェブ開発という分野そのものが促成栽培的というか、熱意さえあればかなりの短時間でそれなりに高度な専門性が獲得できるという性格をもつものだったような気がしないでもない。結果として、「ウェブ開発者」を名乗る人はここ数年で非常に多くなったようだが、別に取り立てて名乗らなくてもウェブ開発も出来ますという人が多くなった。

もう一つの可能性として、そもそもウェブ開発の需要そのものが減ったということも否定できない。ウェブ開発者の数が増加したということは、本来は増えた人材を吸収するだけの需要がなければならないわけだが、Web 2.0だなんだと一時は華々しく称揚されたものの、おそらく実際には見込みほどの需要は無かった、あるいは、元来そんなに人数が必要な分野ではなかったのかもしれないのである。調査を行ったDavid Foote氏によれば、近年ヘルスケアや小売、ファイナンス、教育といった分野で多くの(ウェブ開発の技術を必要とする)試験的なパイロットプロジェクトが試みられたため、オンラインアプリケーションの開発に特化したウェブ開発者が大量に雇用された(よってにわかに活況を呈した)が、母体となった企業なり団体なりの景気が悪くなると、プロジェクトの打ち切りと同時にすぐさま首を切られてしまったそうだ。言い換えれば、ちょっと目先の変わった気の利いたウェブサービスを立ち上げるまでは良かったが、多くはそれをきちんと収益の上がるビジネスへつなげることが出来なかったため、ウェブ技術者の市場需要は安定的には拡大しなかったのである。

ITジェネラリストの時代?

このようにしてただでさえダブつき気味なこの分野のジョブマーケットに、不況が追い打ちをかけた。ウェブ関連よりも、業務プロセスの自動化のような、企業内の業務効率を改善して人件費等のコストを減らすためのテクノロジーの設計や実装のほうが重視されるようになってきてしまったのだ。また、不況ゆえに企業の合併や買収も盛んとなり、組織の統合に絡んで、ITアーキテクチャやプロジェクトマネジメントといった、社内システムや組織の設計や運用、管理に関するいわば技術とビジネスの境界面にあるような総合的なITスキルが重視されるようになったのである。

まあ、SOAにしても元々技術的基盤としてウェブサービスを取り込んでいるので、ウェブ開発のスキルが全く不要かと言えばそんなことはないはずだが、少なくともマネージメント側からあまり重視されなくなってきたということは言えるのだろう。その結果、ウェブ開発のような特定の技術をディープに極めたエキスパートよりも、技術知識としては広く浅くしか持ち合わせていないかもしれないが、業務全体を見渡して分析し具体的なプロセスの改善につなげられるような、よりジェネラリスト的な人材が求められるようになってきたということのようである。

私が思うに、結局のところこれはソフトウェア開発の分野が成熟期を迎えたということに呼応しているのではないか。今までは、The Next Big Thingが何か、次の破壊的イノベーションは何か、ということが重視されてきたため、多くの失敗をも織り込んだ形で、あまり結果を厳しく問わずに様々な実験が行われてきた。その主戦場になっていたのがここ数年はウェブサービスの分野で、結果としてウェブ開発を得意とするような発想力豊かで尖った人材がITエンジニアの花形となったというわけだ。

それがこのところ、イノベーションという面でそろそろ出尽くした、あるいは既存の技術が実際の世界では消化不良のまま放置されているという状況に陥ってきた。しかも、好況時には「実験」程度でもお金を出してくれる人がいたが、不況となるとどうしても財布のひもは普段以上にきつくなるわけで、そのぶん金主たる相手に何を貢献できるかということがよりシビアに測られるようになってくる。リスクを取って新しいことに取り組む余裕はないので、とりあえず社内のやり方を見直してコストを削って何とかしようという機運が強くなるわけだ。その一つの現れが、ウェブ開発の需要減、そして漸進的改善というか、どちらかと言えば地味で組織力を生かした諸分野の復権なのではないかと私は考えている。